こんにちは

一宮市の耳鼻科、楓みみはなのどクリニックです

院長の城めぐりをご紹介します

今回訪れた城は兵庫県豊岡市にある出石城(いずしじょう)です

1604年(慶長9年) に小出吉英(よしふさ)により有子山の麓に築かれました

元々は当地の支配者である山名祐豊(すけとよ)が1574年(天正2年)に羽柴秀吉の侵攻により、有子山の山頂に有子山城を築いていました

しかし、1580年(天正8年)に秀吉の弟の羽柴秀長により有子山城は落城し、山名氏も滅ぼされました

秀長は城を木下昌利に守らせ、その後城主は青木甚兵衛、前野長康と変わった後

江戸時代に入り、小出吉政(よしまさ)が領主として封ぜられ五万三千石を領し、その子吉英の時に山城を廃し、山麓に平山城を築き城下町づくりを行いました

その後、1697年(元禄10年)に松平忠徳(ただのり)が移封され、1702年(元禄15年)に三の丸に対面所を建設し、それまで本丸や二の丸にあった藩主御殿や政治機関を移しました

さらに、1706年(宝永3年)に信州上田の仙石政明が移封されました

仙石氏は七代にわたって出石藩を治めましたが、1835年(天保6年)の仙石騒動により、三万石に減封され明治に至っています

1868年(明治元年)に出石城の建物は全て取り壊されましたが

1968年(昭和43年)に本丸東西の隅櫓が、1994年(平成6年)には登城門が建設され、登城橋も架けられました

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(162番)に選定されました

 

旅行記を紹介します

新幹線にて新神戸駅に着き、以後は自動車で移動しました

登城橋を渡り

登城門を通り、城に入りました

階段を上り、二の丸を通過し、本丸に着きました 本丸西隅櫓の横からは出石の城下町が一望できます

本丸には仙石家祖、仙石秀久を祀る感応殿(かんのうでん)がありました

豊臣秀吉の家臣であり、九州攻めの失敗で一旦改易となりますが、小田原攻めで奮戦し、信州小諸城主として返り咲きました、天下の大泥棒・石川五右衛門を捕らえた豪勇としても知られています

更に、東の隅櫓を通り

二の丸からも東の隅櫓が全貌できました

城下町の入り口、大手門跡には日本最古年と伝わる時計台である「辰鼓楼(しんころう)」にお目見えすることができました

この辰鼓楼は1871年(明治4年)に建設され、さらに1881年(明治14年)には医師である池口忠恕が寄贈した大時計が取り付けられました

現在も1日に2回(午前8時と午後1時)に太鼓の音で時を告げているそうです

そして、自動車で足を伸ばし、兵庫県朝来市にある、「天空の城」として有名な竹田城にも行ってきました

時間の都合で、直接登城することはできませんでしたが、近くにある立雲峡の展望台から石垣を全貌することができました

壮観な景色に圧倒され感動しました、さすが日本100名城の1つ!!

そして、出石と言えば、「出石皿そば」が有名です

これは、仙石氏が信州からそば職人を連れてきたのが始まりとされています

今回の城めぐりは、2つの城をめぐることができたばかりか、美味しいグルメも楽しむことができ、とても有意義かつ楽しい旅でした

お蕎麦も細麺で何皿でも食べることができそうなお味でした、訪問したお店では最高70皿を召し上がった方もいたそうです(@_@)