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院長の城めぐり vol.37(八王子城、滝山城、川越城、品川台場)

【関東城めぐり2日間の旅】~戦国から幕末へ、日本史を歩く旅~

こんにちは。一宮市の耳鼻科、楓みみはなのどクリニック院長の中下陽介です。

今回の城めぐりでは、東京都と埼玉県に残る名城や史跡を巡ってきました。

訪れたのは

・八王子城(日本100名城)
・滝山城(続日本100名城)
・川越城(日本100名城)
・品川台場(続日本100名城)

の4か所です。

一見すると関係のない城のように見えますが、実際に巡ってみると、

戦国時代

安土桃山時代

江戸時代

幕末

という日本史の大きな流れを体感できる旅になりました。

今回はその様子をご紹介したいと思います。

【城めぐり】戦国北条氏最後の巨大山城・八王子城を歩く~北条氏照の夢と豊臣軍による落城の悲劇をたどる~

八王子城は戦国時代後期に北条氏康の三男・北条氏照によって築かれた巨大山城です。

現在も広大な城域が残り、関東を代表する山城として高い人気を誇っています。

今回の城めぐりでは、

・ガイダンス施設
・御主殿跡
・曳橋
・大手門跡
・虎口
・古道
・本丸方面登城口

などを見学し、北条氏滅亡の舞台を歩いてきました。

八王子城とは

まずガイダンス施設で八王子城全体の模型を見学しました。

実際に見ると、その規模の大きさに驚かされます。

八王子城は単なる山頂の砦ではありません。

城域は約158ヘクタールにも及び、尾根や谷を巧みに利用した関東最大級の山城です。

標高445mの深沢山全体を要塞化し、

・本丸
・小宮曲輪
・御主殿
・家臣団屋敷

などが配置されていました。

現在の東京都八王子市街を見下ろす位置にあり、甲斐・武蔵・相模を結ぶ交通の要衝を押さえることができました。

北条氏照と八王子城

八王子城を築いたのは北条氏照です。

氏照は北条氏康の三男として生まれ、当初は滝山城を本拠としていました。

しかし1569年、武田信玄による滝山城攻撃を受けます。

滝山城は落城こそしませんでしたが、

「もっと守りやすい城が必要だ」

と考えた氏照は新たな本拠地として八王子城の築城を開始しました。

それが1570年代後半から1580年代にかけてのことです。

豊臣秀吉による小田原征伐直前まで大規模な整備が続けられていたと考えられています。

御主殿跡へ向かう

訪問日は雪が残る冬の日でした。今回は本丸の登城は断念し、御主殿跡を見学しました。

山城独特の静寂があり、まるで戦国時代へタイムスリップしたような気分になります。

木々の間を歩きながら御主殿跡へ向かいます。

曳橋(ひきはし)

八王子城を代表する景観がこの曳橋です。

現在の橋は復元されたものですが、往時もこの場所に橋が架かっていました。

橋の下は深い谷となっており、防御施設として重要な役割を果たしていました。

敵が侵入した場合は橋を落とすことで進軍を阻止できたと考えられています。

写真映えする八王子城最大の見どころです。

当日は雪が積もり、滑らないように恐る恐る渡りました。

御主殿虎口

橋を渡ると御主殿虎口に到着します。

虎口とは城の出入口のことです。

解説板によると、木橋から御主殿まで約9mの高低差があり、

敵兵は折れ曲がった石段を登らなければなりません。

その間に上方から攻撃を加えることができる構造でした。

実際に歩いてみると、その防御力の高さを体感できます。

御主殿跡

ここが北条氏照の居館があった場所です。

発掘調査によって、

・石垣
・建物跡
・庭園

が発見されています。

山城でありながら、居住空間としても非常に整備されていたことが分かります。

現在は広場として整備されていますが、当時は豪華な館が建ち並んでいたのでしょう。

落城の悲劇

1590年6月23日。

豊臣秀吉による小田原征伐の最中、

前田利家・上杉景勝ら約15,000人の軍勢が八王子城を攻撃しました。

城主の北条氏照は小田原城へ籠城していたため不在。

守備兵は奮戦しますが、多勢に無勢でした。

城はわずか一日で落城。

御主殿周辺では激戦となり、多くの婦女子が命を落としたと伝わっています。

大手門跡

今回特に興味深かったのが大手門跡です。

発掘調査によって石敷きの通路が確認されています。

狭く曲がりくねった構造になっており、

敵兵は一気に攻め込めません。

戦国時代後期の高度な防御思想を見ることができます。

古道を歩く

城内には当時の道筋がそのまま残っています。

数百年前、北条氏照や家臣たちも同じ道を歩いていたと思うと感慨深いものがあります。

山城の魅力は、単なる建物跡ではなく、

地形そのものが歴史遺産であることだと改めて感じました。

実際に歩いて感じたこと

八王子城は、

「戦国山城の完成形」

と言っても過言ではありません。

巨大な城域。

巧妙な防御施設。

山全体を利用した縄張。

そして北条氏滅亡の舞台。

歴史的価値、遺構の保存状態、景観の美しさのいずれも素晴らしく、日本100名城の中でも特におすすめできる城跡です。

特に冬の静かな時期は、人も少なく、熊に遭遇する可能性も低く、ゆっくり見学できます。

ただし、山の中の雪道になることもありますので、履物や服装には十分にご注意ください。

八王子城基本情報

所在地:東京都八王子

 

市元八王子町
築城:1570年代後半
築城主:北条氏照
城郭形式:山城
日本100名城 No.22

攻城おすすめ度:★★★★★

滞在時間目安:
ガイダンス施設+御主殿跡のみ

 

:約1時間
本丸まで登城:約2~3時間

歴史好きの方にはぜひ一度訪れていただきたい名城です。

【城めぐり】武田信玄を退けた北条氏の名城・滝山城を歩く~関東屈指の巨大中世山城に残る空堀と土塁の迫力~

 

滝山城は、八王子城とセットで訪れる方も多い城ですが、実際に歩いてみると、その魅力は全く異なります。

八王子城が戦国末期の「完成された山城」だとすれば、滝山城は中世城郭の魅力を色濃く残す「土の城」です。

特に今回の訪問では、

・引橋

・中の丸
・千畳敷
・馬出
・空堀
・土塁
・枡形虎口

などをじっくり見学することができました。

滝山城とは

滝山城は東京都八王子市丹木町にあります。

現在は都立滝山公園として整備されていますが、戦国時代には北条氏照の本拠地として栄えました。

築城は大永元年(1521年)頃。

大石定重によって築かれたと伝えられています。

その後、大石氏が北条氏に従属すると城主は北条氏照へと変わります。

武田信玄が攻めた城

滝山城最大の歴史的見どころは、

「武田信玄が攻めても落ちなかった城」

という点です。

永禄12年(1569年)。

武田信玄は約2万人ともいわれる大軍を率いて滝山城を攻撃します。

城下まで攻め込まれたものの、最終的には落城しませんでした。

その結果、氏照は

「さらに防御力の高い城が必要だ」

と考え、後に八王子城を築くことになります。

つまり滝山城は八王子城誕生のきっかけとなった城なのです。

まずは細い坂道を登って行きます。途中はS字状に曲がっており、かつ高低差もあり、

登るだけでも結構体力を使わせる構造となっていました。

引橋を渡る

滝山城に入るとまず目に入るのが引橋です。

現在の橋は復元されたものですが、当時も同様の場所に橋が架けられていました。

この橋は本丸と中の丸を繋げています。

橋の下には深い空堀が広がっています。

敵兵が攻めてきた際には橋を落とすことで進軍を阻止できました。

現地で見ると、

「なるほど、これは攻めにくい」

と実感できます。

中の丸へ

引橋を渡ると中の丸へ入ります。

中の丸は滝山城の中核部分の一つであり、多くの兵士や家臣たちが活動した場所です。

現在は広々とした平坦地となっていますが、戦国時代には建物が建ち並び、多くの人々が暮らしていました。

圧巻の空堀

滝山城最大の魅力は空堀です。

写真では伝わりにくいのですが、実際に見ると想像以上に深く巨大です。

現在でもはっきり残っており、

「土だけでここまで防御できるのか」

と驚かされます。

関東の戦国山城を代表する遺構です。

土塁、角馬出の迫力

空堀とセットで見ていただきたいのが土塁、角馬出です。

角馬出が後北条氏の特徴、丸馬出が武田氏の特徴です。

昨年訪れた小机城も後北条氏の城でしたが、角馬出の輪郭が不明瞭だったので、

今回はリアルの角馬出を見ることができ、感激しました。

土塁の上に立つと視界が大きく開けます。

ここから敵の動きを監視し、攻撃していたのでしょう。

石垣中心の近世城郭とは異なる、中世山城ならではの魅力があります。

千畳敷

 

今回特に印象的だったのが千畳敷です。

広大な曲輪であり、

その名前の通り「千枚の畳を敷けるほど広い場所」

という意味があります。

ここには兵士や家臣団が集結していたと考えられています。

現地に立つと、その広さに圧倒されます。

ARでよみがえる滝山城

現地にはAR再現も用意されています。

スマートフォンをかざすと、

・門
・塀
・櫓

などが再現されます。

現在は土の城ですが、戦国時代には立派な建造物が並んでいたことが分かります。

城好きには非常に楽しい仕掛けです。

滝山城が持つ価値

滝山城の魅力は、

「中世山城がそのまま残っている」

ことです。

八王子城のような石垣中心の城とは違い、

・空堀
・土塁
・曲輪
・虎口

が非常に良好な状態で残されています。

城郭研究者からも高い評価を受けています。

実際に歩いてみた感想

正直なところ、

今回の城めぐりでは八王子城以上に滝山城が印象に残りました。

理由は、

「戦国時代をそのまま歩いている感覚」

が非常に強かったからです。

観光地化され過ぎておらず、

空堀や土塁を間近で見ることができます。

まさに中世山城好きにはたまらない城です。

滝山城基本情報

所在地:東京都八王子市丹木町

築城:1521年頃

築城主:大石定重

城主:大石氏・北条氏照

城郭形式:平山城

続日本100名城 No.123

攻城おすすめ度:★★★★★

滞在時間目安:1.5~2時間

城好き評価

歴史:★★★★★

遺構:★★★★★

景観:★★★★☆

整備:★★★★☆

アクセス:★★★☆☆

総合評価:96点

関東の中世山城を学ぶなら必ず訪れたい名城です。

【城めぐり】川越城と小江戸川越を歩く~太田道灌が築いた名城と江戸の面影が残る城下町を巡る旅~

川越城は戦国時代に築かれ、江戸時代には徳川幕府の重要拠点として栄えた城です。

現在も本丸御殿の一部が現存し、「小江戸川越」の城下町とともに人気の観光地となっています。

今回私は、

・川越城本丸御殿
・家老詰所
・中ノ門堀跡
・川越城址碑
・時の鐘
・蔵造りの町並み

などを見学してきました。

川越城は単独の城としてだけでなく、「城下町と一緒に楽しむ城」であることを改めて実感した一日となりました。

川越城とは

川越城は長禄元年(1457年)、太田道真・太田道灌父子によって築かれました。

太田道灌といえば江戸城の築城者として有名ですが、川越城も同時期に築かれた重要な城です。

当時の関東では古河公方や上杉氏との争いが続いており、武蔵国支配の拠点として川越城が築かれました。

その後、北条氏の支配下に入り、さらに江戸時代には徳川幕府の重要拠点として発展していきます。

川越は江戸から比較的近く、

「江戸の北の守り」

として非常に重要な役割を担っていました。

河越夜戦の舞台

川越城の歴史を語る上で欠かせないのが

「河越夜戦」

です。

天文15年(1546年)。

川越城は上杉氏と古河公方の連合軍によって包囲されます。

城内にはわずかな守備兵しかいませんでした。

しかし北条氏康が夜襲を敢行。

圧倒的不利とみられていた戦いを覆し、大勝利を収めます。

この河越夜戦は日本三大夜戦の一つにも数えられています。

川越城は北条氏が関東支配を確立する大きな転機となった城なのです。

本丸御殿へ

今回最も楽しみにしていたのが本丸御殿です。

現在、本丸御殿が現存する城は全国でもわずかしかありません。

しかも東日本では川越城本丸御殿が唯一です。

玄関前に立つと、その大きさに圧倒されます。

格式高い唐破風屋根。

堂々とした玄関構え。

藩主が出入りしていた空間がそのまま残されています。

家老詰所

建物内へ入ると家老詰所があります。

家老たちはここで藩政について協議していたのでしょう。

畳敷きの広い空間を歩いていると、

江戸時代の空気がそのまま残っているような感覚になります。

展示も分かりやすく、

川越藩の歴史を学ぶことができます。

大広間

御殿内部には大広間があります。

藩主や重臣たちが政治を行った重要な場所です。

天井や柱の造りも美しく、

質実剛健な武家文化を感じることができます。

派手さはありませんが、

その落ち着いた雰囲気に魅力があります。

中ノ門堀跡

本丸御殿から少し歩くと中ノ門堀跡があります。

川越城は平城ですが、

この堀を見ると防御力の高さがよく分かります。

近年整備されたため見学しやすく、

城郭ファンにはぜひ訪れていただきたい場所です。

川越城址碑、大手門跡(川越市役所内)

城址碑の前に立つと、この場所が約570年にわたって歴史を刻んできたことを実感します。

太田道灌。

北条氏康。

徳川家康。

松平信綱。

数多くの武将たちが関わった城です。

小江戸川越を歩く

川越城見学後は城下町散策です。

ここからが川越観光の本番かもしれません。

蔵造りの建物が並ぶ町並みは圧巻です。

「小江戸」と呼ばれる理由がよく分かります。

まるで江戸時代へタイムスリップしたような気分になります。

時の鐘

川越のシンボルといえば時の鐘です。

現在の鐘楼は明治時代に再建されたものですが、

江戸時代から川越の人々に時を知らせてきました。

川越城とともに城下町の歴史を見守り続けています。

川越城の魅力

川越城の最大の魅力は、

「城だけではなく城下町も残っている」

ことです。

山城の八王子城や滝山城とは全く異なります。

城と町が一体となって歴史を伝えています。

歴史好きだけでなく、

家族連れや観光目的の方にもおすすめできます。

実際に歩いてみた感想

今回の関東城めぐりでは、

八王子城

滝山城

川越城

という順で訪問しました。

八王子城や滝山城が戦国の「戦う城」だとすると、

川越城は江戸時代の「治める城」です。

本丸御殿を歩きながら、

武士たちの日常や藩政の様子を想像することができました。

また蔵造りの町並みも素晴らしく、

城好きだけでなく観光好きにもおすすめしたい場所です。

川越城基本情報

所在地:埼玉県川越市郭町

築城:1457年

築城主:太田道真・太田道灌

城郭形式:平城

日本100名城 No.19

攻城おすすめ度:★★★★★

滞在時間目安:
本丸御殿のみ 約1時間
城下町散策込み 3~4時間

城好き評価

歴史:★★★★★

遺構:★★★★☆

景観:★★★★★

整備:★★★★★

アクセス:★★★★★

総合評価:94点

城と城下町を一緒に楽しめる全国屈指の歴史観光地です。

【城めぐり】品川台場を歩く~ペリー来航と江戸防衛の最前線を訪ねて~

品川台場は、厳密には城ではなく「海上砲台」ですが、日本の城郭史や軍事史を語る上で欠かせない重要な史跡です。

八王子城や滝山城、川越城が戦国時代から江戸時代初期の城であるのに対し、品川台場は幕末という激動の時代に築かれました。

今回私は、

・第三台場
・砲台跡
・火薬庫跡
・土塁
・レインボーブリッジ周辺
・AR復元大砲

などを見学し、幕末の江戸防衛の最前線を歩いてきました。

品川台場とは

品川台場は江戸湾(現在の東京湾)を防衛するために江戸幕府が築いた海上砲台です。

現在のお台場という地名も、この台場に由来しています。

城というよりは要塞に近い施設ですが、

敵艦の侵入を防ぐ

という意味では城と同じ役割を果たしていました。

ペリー来航の衝撃

1853年(嘉永6年)。

アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが黒船4隻を率いて浦賀沖へ来航します。

当時の日本は鎖国政策を続けていました。

しかし巨大な蒸気船を目の前にした幕府は大きな衝撃を受けます。

江戸湾へ外国艦隊が侵入する可能性が現実となったのです。

そこで幕府は急遽、江戸防衛計画を開始します。

その中心となったのが品川台場でした。

江川太郎左衛門と台場建設

台場建設の責任者となったのは伊豆韮山代官の江川太郎左衛門英龍です。

反射炉建設でも有名な人物です。

江川は短期間で台場建設を進め、

わずか数か月という驚異的なスピードで完成へと導きました。

当初は11基の台場建設が計画されましたが、

実際に完成したのは第1~第6台場でした。

現在見学できるのは第三台場です。

第三台場へ上陸

第三台場は現在、台場公園として整備されています。

橋を渡って台場へ入る瞬間、

まるで要塞へ突入するような気分になります。

周囲を海に囲まれ、

まさに海上の砦です。

土塁の迫力

台場の周囲には高い土塁が築かれています。

実際に歩いてみると想像以上の高さがあります。

土塁の上から海を見渡すと、

幕末の兵士たちも同じ景色を見ながら警戒していたのだろうと思わずにはいられません。

砲台跡

第三台場には砲台跡が残されています。

当時ここには大砲が設置され、

江戸湾へ侵入する外国艦船を迎撃する計画でした。

幸いにも実戦で使用されることはありませんでしたが、

幕末の日本人が感じていた危機感が伝わってきます。

ARでよみがえる幕末

今回非常に面白かったのがAR再現です。

スマートフォンを利用すると、

当時の大砲や施設が画面上によみがえります。

現在は広場となっている場所に巨大な砲台が並ぶ姿を見ることができます。

幕末の緊張感をリアルに感じることができる素晴らしい展示でした。

火薬庫跡

台場内部には火薬庫跡も残っています。

砲台だけでなく、

弾薬や火薬を安全に保管する施設も必要でした。

限られた面積の中に効率よく軍事施設が配置されていたことが分かります。

レインボーブリッジとの共演

現在の品川台場最大の特徴は、

幕末と現代が同居していることです。

砲台跡の向こうにはレインボーブリッジ。

その奥には高層ビル群。

170年前には想像もできなかった景色でしょう。

しかしその足元には確かに幕末の遺構が残っています。

歴史好きにはたまらない風景です。

勝海舟と海防

ペリー来航後、

日本は近代国家への道を歩み始めます。

その中心人物の一人が勝海舟でした。

海舟は海軍創設を進め、

後の明治日本海軍の基礎を築きます。

品川台場は、

日本が近代国家へ生まれ変わるきっかけとなった場所とも言えるでしょう。

実際に歩いてみた感想

今回の関東城めぐりでは、

八王子城

滝山城

川越城

品川台場

という順番で巡りました。

戦国時代の山城から江戸時代の城郭、そして幕末の海上要塞へ。

まるで日本史を時代順に歩いているような感覚でした。

特に品川台場では、

「黒船来航という国家的危機に日本人がどう向き合ったのか」

を肌で感じることができました。

城好きだけでなく、

幕末史や近代史が好きな方にもぜひ訪れていただきたい史跡です。

品川台場基本情報

所在地:東京都港区台場

築造:1853~1854年

築造者:江戸幕府

設計責任者:江川太郎左衛門英龍

構造:海上砲台

国指定史跡

攻城おすすめ度:★★★★★

見学時間目安:30分~1時間

城好き評価

歴史:★★★★★

遺構:★★★★☆

景観:★★★★★

整備:★★★★★

アクセス:★★★★★

総合評価:93点

幕末日本最大の危機に築かれた海上要塞。
八王子城・滝山城・川越城とは全く異なる魅力を持つ歴史スポットです。

今回の旅を振り返って

今回の旅では、

八王子城

滝山城

川越城

品川台場

という順で巡りました。

これは単なる城めぐりではありません。

日本史を時代順に歩く旅でした。

戦国時代の北条氏。

豊臣秀吉による天下統一。

江戸幕府による泰平の世。

そして黒船来航と幕末。

歴史の教科書で学んだ出来事が、それぞれの場所でつながっていきます。

改めて感じたのは、

「城は単なる建物ではなく、その時代を生きた人々の歴史そのものである」

ということです。

これからも日本100名城・続日本100名城を巡りながら、日本の歴史を学んでいきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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